第一場・塔の部屋

(真っ暗な舞台。やがて、ライトの中二人の登場人物が浮かび上がる。一人は、窓辺に手をかけて空を眺めている娘。その髪はものすごく長い。もう一人は、壁にもたれて暇そうにしている一人の男。人間なのだが、芋虫に見えるモコモコの格好をしており、頭には触角を生やしている。娘は「塔の歌」を歌い出す。それでなければ、松山千春の「窓」などでも良い。やがて、どこからか声が響く)

ゴテル(声)

ラプンツェル！　ラプンツェル！　お前の髪の毛を下げとくれ。

ラプ

あ…　(慌てて立ち上がり、しばらくオロオロする。が、やがて窓を覗き込み、はるか下へと返事をする)

ごめんなさい、ゴテル！　今ちょっと、髪の中に毛ジラミが逃げ込んだからー。１０分ほど経ってから来てくれないー？

キャタピン

(ハナでも掘りながら)　何ならアタシが代わりにもぐり込みましょうか？　髪の中へ。

ラプ

(ムッとした様子でキャタピンに)　あんたは芋虫でしょキャタピン。吸血してどーすんの。

ゴテル(声)

毛じらみだあ？　ナニモンなんだろうねこの子は。まったく。髪ははマメ洗えって言ってんだろ。あ、何なら犬に使ってるシャンプー持って上がってやるけど？　ノミ取り用の奴。

ラプ

(手を組んだ乙女ポーズ)　まあっ！　そんなのキューティクルが傷んじゃうじゃない。また今度にしてねー！

(ラプンツェルとキャタピン、二人してそーっと窓の下を覗く。同じ方向に首と目線を動かし、ゴテルが去るのを確認している様子。やがて誰もいなくなると、とたんに態度をガラっと変え、キャタピンに食ってかかるラプンツェル)

ラプ

大体あんたが持ってきた情報でしょ。今日、城下町で「御前・鳥人間大会」があるって。さっきから待ってるのに誰も飛んで来ないじゃない！

キャタピン

別に嘘は言っちゃいませんよ。物のついでにラプンツェルを救出する、って息巻いてる奴だって　(指を折って数えてみる)　７〜８人は確実にいたかな。飛距離が出てないんじゃないすか。

ラプ

飛距離ってあんた…　(頭を押さえてはーっと溜息)

なんで？　ここに、たった一人で、隔絶した魔女の塔に捕らわれている可哀想な娘がいるのよ。どーして誰も助けに来れないの？　こんなのおかしいわよ。構造的不条理よ。メルヘンとしての法則性を欠いてるわよ法則性をッ！

キャタピン

(窓の外を眺め)　あ、見て見て。何か飛んで来る。

(「ひゅーん」と、グライダーらしき物が飛ぶような、風を切る音。ラプンツェルとキャタピン、息を飲んで窓に張り付き、外を眺める。　…が、「ひゅーん」の音はだんだん低くなり、それにつれてラプとキャタピンの首と目線も下へ下がって行く。飛行機の高度がだんだん落ちているらしい。やがて二人の目線は真下に。と同時に、「ぐわっしゃー」という無残な破壊音。思わず身を引くキャタピン。顔を押さえ、驚愕の顔で絶句するラプンツェル)

キャタピン

あっちゃー…　やっちゃいましたねラプ。どーも見たとこ、尾翼の重量バランスが悪いなーとは思ったけど。

ラプ

(半泣き)　やっちゃいましたね、じゃないでしょー！

(空に向かい)　誰かー！　誰かあたしを助けに来てー！　いくら下が魔女の敷地だからって、たかが１２メートルの塔じゃない。サンシャインにも通天閣にも、あの京都タワーにすら及ばない、セコイ小さな塔なのよ。あたしを解放して！　王子様。　…そうよ、白馬に乗ったこの国の王子様。天を駈け、どうかあたしを迎えに来て下さい！

キャタピン

(再びハナ掘りながら)　白馬は辛いっすねー。飛ばないっしょ。あんた、馬体重の重さってもんを知らないから。

ラプ

(キャタピンの襟首をつかんでブンブン)　いー加減にしなさいよねっこのマルマル虫ー！　大体捕らわれの美少女のお付きがなんで芋虫なのよ。なんで！

キャタピン

だっ。だってあんた、ラプンツェルでしょう。つまりキャベツ娘。一説によるとキャベツから生まれたという。 虫がつくのは、いわば宿命…

ラプ

生まれなーい！

(そのままだんだん暗くなる。闇の中、ラプとキャタピンの口喧嘩だけが響き続ける)

ラプ

いやしくも霊長目、ヒト亜目ヒト科の人類が、植物、アブラナ科のキャベツからどーやってポコッと生まれて来んのー！

キャタピン

お母さんに習いませんでした？　赤ちゃんてのはキャベツから生まれるんです。別口だとコウノトリが運搬して来て、ハンコもらって帰るという…

ラプ

宅急便じゃないっつーの！　ダレよ、一体ダレなのよこんな生物学的に不条理で、無茶苦茶で、言語道断な伝説こしらえたノー足らずバカはっ！

(泣き声)　あたしの名はラプンツェル。でも人間。人間なのよー！　誰かあたしをここから出してー！

(ラプンツェル、騒ぎながら塔の壁をゴンゴン叩き始める。そのまま徐々に暗くなる。途中、「ぐきっ」という嫌な音と、「ぐえっ」というラプの悲鳴が入る。が、ゴンゴンは続き、フェードアウトしていき、やがてその音も消え、静かになる。闇の中、唐突にテーマ曲「ラプンツェルの歌」が鳴り渡る)

第二場・カジノ「ニライカナイ」

(テーマ曲は突然終わり、ナレーションが響き始める)

 声

昔々、ある所に、子供のできない夫婦がおりました。ある時、おかみさんが窓から下を覗くと、そこに青々とした、一面のキャベツ畑が広がっているのが目に入りました。まあ、そのキャベツの美味しそうなこと。おかみさんは、思わずゴクリとつばを飲みました。　…しかし、そこは魔女、ゴテルの畑だったのです。

(明るくなる。と言っても、薄暗いカジノの店内。遠く喧騒が聞こえる。中央にビリヤード台があり、チョッキを着た一人の男がスティックで玉に狙いをつけている。　…やがて、ギイと扉を開けて、別な男が入ってくる。なんと着物を着、大小の刀を下げた日本人。ただし、髪は伸びすぎたのかザンバラになっている)

沖田

…たのもう。

ソキータ

別に依頼されても、何も出ないよ。僕も客なんでね。

沖田

頼んでおるのではない！　私は沖田。東方の、ニッポンという国からうっかり海を越えてやって来た。ここでは手軽に金が稼げると聞いたのでな。お主、やり方を教えてはくれぬか。

ソキータ

(ふと手を止め、顔を上げる)　…ニッポン？　あの、海が滝となってどうどうと流れ落ちる、この世の果てにあるという小国から。これはまた酔狂な事だ。どうやって来た？

沖田

いいから玉突き賭け事のやり方を…

ソキータ

(台を離れ、沖田の近くにある椅子に座り込む。話を聞く構え)

まあそう焦るな。私はソキータという。偶然にも良く似た発音の名前だな。沖田とやら、それで、遠大なるオケアノスの海はどうやって越えた。船を使ったのか。

沖田

(憮然とした表情。仕方なく、ソキータの近くの床にアグラをかいて座り込む)

…天竺へ渡ってみたかったのだ。それで外国航路の船に潜り込んでな。いわゆる密航だ。臭くて薄暗い船底で耐え、耐え、さらに耐え、あと一歩で天竺！　と言う時にまた、折り悪く嵐が急接近。

ソキータ

ふむふむ。天竺周辺ならサイクロンだろう。

沖田

岩礁にぶち当たり、大破した船の底から命からがら脱出して…　気が付けば無人島だ。

まあ、生きていただけ有り難いと言えば有り難いのだが、いつまでも腐った海藻の拾い食いばかりしてもおられんでな。丁度島にあった、手頃な細い枝や、流れ着いたボロ布を使って、鳥の羽のようなものをこしらえてみた。

ソキータ

ふむ…　(ハタと気付く)　いや待てよ。それはグライダーじゃないのか？

沖田

まあ、なんと呼ぶのかは知らぬがな。近辺にいたグンカンドリの翼を参考に、羽の形を按配した。きゃつらは羽ばたきもせず、実に見事に滑空する。あれができたら楽だろうと思ったのだ。

ソキータ

(考え込む)　大自然の知恵から学ぶとは…　なかなかのものだ。おそらく空力学的にも理に適っているだろう。それで、飛んだのか？

沖田

飛んだ…

(立ち上がり、遠い目をして彼方を眺める。なぜか潮騒の音)　…私は翼を付け、島の、最も恐ろしげな崖っ淵から、死を覚悟して飛び降りた。これで終わるならば今世今日限り。潔く黄泉へ旅立とうと決意したのだ。…死なぬ。なかなか死なぬ。ぎゅうとつぶっていた目をふと開けてみると、なんと。私の体は海鳥共を蹴散らし、広大な、青い空と海の間を舞っているではないか。

…耳をつんざく、轟々たる風の音。ギラギラと輝き渡る太陽。辺りには、何もない。見渡す限りの、雲一つない紺碧の空。そして世界を覆い尽くすような紺青の大海だ。その眺めの美しさ、吹き抜ける風の冷たさといったら。ああ、噂に聞くパライソとはこのような所かと―　思ったのを最後。

そこで私の記憶は途絶えている。あとは、なーんにも憶えておらん。

(再びソキータを振り帰る)　で、気がつけばこの国をさまよっておったわけだ。持ち物と言えばこの　(刀を見せる)　錆びて抜けなくなった武士の魂と、無一文の我が身だけ。それでお主、いつになったら玉突きを教えてくれる。

ソキータ

…面白い。

(ソキータ、ニタッと笑って玉突きのスティックを拭き始める)　聞けば、苦労の旅の最中のようだ。賭け事で日銭を稼ぐのもいいが、沖田。大体お前、元手はあるのか？

沖田

これを…

(沖田、刀を引き抜こうとするが、抜けない。むんむんと力を入れるが抜けない。ついには一発、空手の型で「はーっ」と丹田に気合を溜め、渾身の力を込めて抜こうとする)

ふんごーっ！　く…　くそう刀！　貴様、それでも村正のワザモノかあーッ！

ソキータ

…つまり丸裸なわけだ。

沖田

(ムッとする)　引き抜いて研ぎ澄ませば、一財産にはなる一品だ！

ソキータ

(玉を片付けながら)　抜けないものは研げんだろう。そんなアテにならない収入を夢見るより、どうだ？ここは一つ、私の城でしばらく雑用でもしてみないか。

沖田

(まだキバりながら)　私の、城？　主も城勤めの身か。親切は有り難いが、勝手に事を算段しては城主殿に叱られよう。

ソキータ

叱る者はいない。城主は私だ。

沖田

(それでもむんむん気張っているが、ハタと気付いてソキータを見る)　…はい？

ソキータ

城主は私だと言ったのだ。

(ソキータ、道具を片付け終わり、勝手に扉の方へ歩いて行き、ふと振り返る)

私がこの国の城主、ソキータ王子だ。来るのか来ないのか。私の気は変わりやすいぞ。

(そのまま去ってしまうソキータ。あわてて後を追う沖田)

沖田

まっまっ　待て！　城主殿がなんで、こんな場末の賭場で玉突きを。待ってくれーソキータ殿ー！

(二人とも舞台から消える。入れ替わりに、手ぬぐいで手を拭きながら入って来るカジノのマスター。眼鏡をかけた年寄り。ぶつぶつと愚痴るような口調で、あたりの拭き掃除を始めながら)

マスター

…まったく。あれが王子ともあろうお方のかの。最大の趣味がギャンブルとは。この国も長くあるまい。だからわしゃ昔から、あの王妃の口はどうもデカ過ぎると言っておったのじゃ。大体不良の先王様がいかんかった、先王様が。特技と言えばスケコマシだけで。ほんとにもう。　…あーっこんなとこにまた、みそピーねちゃつけてっ。

(必死でテーブルをこすり始めるマスター。そのままカジノはフェイドアウト。闇の中、ソキータと沖田の会話が聞こえる)

ソキータ

…そう。私はどうも、母方の血が強くてな。王宮の椅子よりは、すさんだ場末の片隅の方が精に合う。

沖田

母方？　王子殿のご母堂は、町中の出か。

ソキータ

町中…　いや、その外側かも知れんな。下手をすれば外国人だった可能性もある。…が、いずれにせよ今となっては知りようがない。なにせ母の出自は父君しか知んのだ。そして二人とも、永遠に口を閉ざしてしまった。

沖田

教えてもくれぬとはな。

(ソキータ、その後を追う沖田、再び舞台に登場。勝手にどんどん歩いて行くソキータ、突然立ち止まって沖田を見る)

ソキータ

教えられないのだと思うぞ。土に埋められ、上に立派な石まで乗せられては。

(あ、と気付く沖田を置き去りにし、再び歩いて去るソキータ。慌てて追おうとして、ふと空を見上げる沖田。何かに目を止めた様子で、しばらくじーっと見ているが、やがて向き直る)

沖田

…いや、気のせいだろう。あんな高い所に窓が、しかも一つだけ有りはすまいて。

(再びソキータを追い、舞台から消える沖田。)

第三場・塔の夜

(闇の中、声による物語の続き)

声

キャベツが食べたい。ああ、あのキャベツが一口欲しい。毎夜のように嘆くおかみさん。しかも、どんどん痩せ細って行くその姿。これは、ご主人も黙っていられません。とうとうある夜、魔女の目を盗み、それは高い塀を乗り越えて、ご主人は魔女ゴテルのキャベツを一個だけ、盗み出したのでした…

(闇に、ラプンツェルの姿が浮かび上がる。何か自分の髪の毛をいじくりながらぶつぶつ言っている。舞台裾からぶらぶらと、キャタピン登場)

ラプ

助けに来る…　助けに来ない…　助けに来る…

キャタピン

で、…何やってんです。あんた。

ラプ

枝毛占い。

キャタピン

(口を開け、あきれて絶句。よっこいしょと、ラプンツェルの隣に座り込む)

もーちょっと生産的な遊びはできねーんですかい。

ラプ

(キャタピンを見て)　しょーがないでしょうキャタピン！　この部屋あたしの髪の毛だけで埋まっちゃってんだから。どっかに本棚とか、ビリヤード台とか、ゲーム機とかパソコンとか置くスペースがあるわけ？

キャタピン

外に放り出しときなさいよ、そんなかさばる物件。

ラプ

それができないから悩んでんでしょ。誰か伝って昇って来たらどーすんの。

キャタピン

助けて欲しいんじゃないんですか。

ラプ

(キャタピンの首根っこを掴む)

あのね。王子様とか勇者以外に昇ってもらっちゃ困るの。その辺の酔っ払いのおやじとか！　第一昇った後、どーやってあたしを助けるわけ。降りるには髪の毛が必要なのよ。肝心のあたしが残らなきゃいけないじゃない！

キャタピン

あー、納得。

ラプ

はぁ…　(ため息)

(再び枝毛占いを始めるラプンツェル)　愛してる…　愛してない…

キャタピン

会った事ない女の子は愛せないでしょ。いくらヒーローでも。

ラプ

(ムカついた顔でキャタピンを見て、再び)

空が飛べる…　空が飛べない…

キャタピン

(手で表現しながら)　基本的にグライダーのたぐいは飛び降りて、あと高度維持ですからね。周辺にこの塔より高い構造物がない以上、ここまで舞い上がって来るのは、この時代の工学レベルでは不可能だと思いますけど。

ラプ

…無意味に頭いいわね、この青虫。そーゆー風が吹くかも知れないじゃない。

キャタピン

それは上昇気流ってんです。海辺とか、ヒートアイランド現象を起こしたビル街じゃないと吹かないの。

ラプ

(ヤケ気味で占う)　国がいきなり発展してビルが立ち並び、熱せられた地面から上昇気流が吹く…　国がいきなり発展してビルが立ち並び、熱せられた地面から上昇気流が吹かない…

キャタピン

…言ってて疲れません？

ラプ

じゃかましいわプクプク虫！

（ラプ、怒鳴り終えてため息を付き、またつまらなそうに枝毛を数え始める。しばらくして、どこからかソキータと沖田の声が聞こえる）

沖田

で、わたしはとりあえず、何をすれば良いのだソキータ殿。

ソキータ

ラプンツェルの救出をプロジェクトして頂きたい。

沖田

…らぷんつぇる？

ラプ

はい？

（ラプ、ひょいと顔を上げて立ち上がり、周囲をキョロキョロ探す。髪の毛の上に座っていたキャタピンが引っくり返る）

キャタピン

だわ！

（しばらく、声の主を探すラプンツェル。しかし誰もいない。あきらめて、また無言で枝毛占い。沖田とソキータ、突然ぶらぶらと歩きながら登場。しかしラプたちには見えていない様子）

ソキータ

この国にはな。「ゴテルの塔」と呼ばれる、魔女の塔がある。ラプンツェルとは、その塔の中に捕らわれている娘の名だ。

沖田

（色めき立つ）なんと！　魔女に姫君が捕らわれているのか！

ソキータ

（立ち止まり、沖田をジトッと見て）心配するな。へーみんだ。

沖田

……　（間）　盛り下げなくても。

ソキータ

（再び歩き出す）　別に、放っておいたからといって、国家的な損失に当たるわけでもない。しかし、人間「これは不可能だ」なんて言われると、ムキになって挑戦したがる輩が必ず何人かは現れるものでな。曰くＫ２登頂。曰くホールインワン。曰くクイズ番組の賞金1000万円―

沖田

言ってる意味がよく分からんが。

ソキータ

ゴテルの塔に登れた者は、持ち主のゴテル以外、まだ誰も存在しない。ついで悪いコトに、ラプンツェルを救出できれば、城から報奨金が出るというデマが流れた。

…これが、失業中でヒマを持て余している、町の有象無象どもに火をつけた。魔女の敷地には、結界があって入れない。なんとか塔まで空を飛ぶしかない、というわけで、今や塔は無謀な空飛び合戦のゴール地点と化しているのだ。

沖田

よいではないか。それで姫―　娘が助かるのであれば。

ソキータ

そうはいかん。ただでさえわが国、近年景気が悪くて、民衆の労働意欲が落ちている。働くよりは一攫千金―　この風潮は止めねばなるまい。…事故も多い。下手な飛行機械で飛び損ねるバカが多くてな。死者は年間数十人に昇る

沖田

げげ！

ソキータ

今さら、「ラプンツェルなんか助けてもカネは出ないよーん」とは、人道上の見地からも公表できない。…そこでだ。

沖田

まさか。

ソキータ

（真剣な目で沖田を見る）　沖田殿。経験に勝るものはないだろう。貴殿に飛んで欲しいのだ。国家勅命のレスキュー隊として―

（ジリ、ジリと後退して行く沖田。追うようにジリジリ迫るソキータ。沖田、手を出して制止しながら）

沖田

ちょっ、待った。たんま。私だって何も、好きで飛んだわけでは―

ソキータ

…飛んでいただきたい。

沖田

専門家でもないし―

ソキータ

プロとか専門家とか名乗るのにロクなのはおらん。

（ついにきびすを返し、逃げ出す沖田。追いかけるソキータ。二人、そのまま舞台から消えながら）

沖田

か…　考えさせてくれソキータ殿！　しばらく！　３年ほど！

ソキータ

成功したらラプンツェルを貴殿に進呈するぞ！

沖田

それは10年ほどーっ

（何も知らないラプンツェル、ふと占いの手を止め、うるうるした嬉しそうな顔で立ち上がる）

ラプ

愛してる…

王子様が、あたしを愛してる。そうよ。こういう話、最後には大トリで王子が現れて、姫を助けると相場は決まっているの。

キャタピン

知ってます？　この国のソキータ王子の噂。…亡くなった母君が平民の出で、それでなくても国民に不評だった上、経済改革に失敗たのがたたって、ついには失意の病死。王子はそれ以来、まともに国政にも手を付けず、場末の酒場やカジノを渡り歩いているそうですよ。だから今だに、正式に王を継承できずに王子のまま。

ラプ

（ジト目）　…けっこトシなの？

キャタピン

まー、４０は行ってないと思うけど。

ラプ

（もっと崩れたジト顔）　いーじゃん中年でもなんでも。よーは王子ならいいのよ、この際。この年まで社会も知らず、塔に押し込められてきた娘が社会復帰するには、それなりのバックボーンってもんが必要なんだから。

キャタピン

いらんトコだけ世間知ってますね。あんた。

ラプ

（タメ息）　…やっぱ魔女の養子なのよね。所詮。

（暗転。と、今度はキョロキョロとあたりを伺いながら、一人の老婆が登場。見るからに魔女の姿。ゴテルである。やがて舞台の裾に向かって大声を出す）

ゴテル

博士！　ドクター・ドルベッツィ！　来てるんだろ。最近、ラプンツェルの様子がおかしいんだよ。あんた、この実験の責任者なんだからさ。何とかしとくれよ！

博士（声）

はいはい、ちゃんと聞こえてるよゴテル。

（前掛けをした眼鏡の男が、手を拭きながら現れる。なんと「カジノ・ニライカナイ」のマスターと同一人物である）

博士

…で、なんだって？

（ゴテル、あぐらを掻いて座り込む。博士もゴテルの側に、同じようにしゃがむ。どこからか物語の続きを朗読する声。語りがある間は、二人は時が止まったように硬直）

声

…一度食べるとクセになる。それがキャベツ。おかみさんは、魔女のおいしいキャベツを食べて、すっかり元気を取り戻しました。それからというもの、亭主は事あるごとに、魔女のキャベツ畑へと泥棒に入ったのです…

ゴテル

ラプの奴が、どんどん言う事を聞かなくなる。何かというとボーっとして、窓から空を眺めて…　まるで、こう、誰かが飛んで来るのを予測してるみたいなんだ。

博士

そりゃまあ、もう年頃だからの。塔に幽閉されて退屈してれば、空向いてあらぬ夢の一つや二つは見るじゃろう。

ゴテル

ラプを助けられる奴は絶対出ないって。あんた断言してじゃないか。あたしにも育成計画ってもんがあるんだからね。今、変な奴に飛んで来られて邪魔でもされちゃ―

博士

（眼鏡を上げながら）　ま、心配には及ばんよゴテル。確かに、ソキータ王子あたりが事態を収拾すべく、動いてるという噂はあるが。

ゴテル

（不審そうに）　王子が？　この計画の立案者は王子じゃなかったのかい？

博士

財政も逼迫しとるからな。人体実験には違いないし。だが、今さら手を引くわけにも行かぬ。　

（再び物語モード。声が響く。語られている間だけは、停止している博士とゴテル）

声

泥棒を発見した魔女の怒るまいことか。ある日、とうとうご亭主は魔女に捕まってしまいました。

「あたしの大事なキャベツを盗むとは！　ひどい目に合わせてくれる！」

ご亭主は必死に訴えます。いかにキャベツがおいしそうに見えたか。おかみさんが喜んだか。「どうかお許し下さい！　ゴテルさま！」

博士

どちらにしろ、実験は継続するぞ。わしにも科学者としての意地があるからな。ラプンツェルは、当初の予定通り二十歳の成人の日まで塔の上で隔離教育を施し、しかるのち“新たなる母”として使命を果たしてもう。その日までは―

声

…魔女は少し、怒りを和らげたようでした。そして、ご亭主にこう言いました。

「そういうことなら許してあげる。キャベツは、いくら持って行ってもいいよ。ただしそのかわり。あんたのおかみさんに子供ができたら、その子供はあたしに譲っておくれだね？」

ゴテル

（立ち上がる）…お前はキャベツから生まれたんだ。

そらー、一方でまともな常識教育しながら、こんな話同時に吹き込んだって、いつまでも信じてるわきゃあないんだよねえ。あの子もそろそろ１７歳…

（なんとなく哀愁の風情で、上を見るゴテル。塔を見上げているらしい）

１２才までは可愛かったのに…

博士

大抵そういうものじゃ。

ゴテル

これでも、一応親がわりのつもりだったんだ。助かった日が破滅の始まり。自分の恐ろしい運命を知ったら、あの子の人格は―　いったいどうなっちまうことやら…

（博士、共感を込めて、ポンとゴテルの肩に手を置き、自分も塔を見上げる）

博士

細かい事は考えない。だから…いいのじゃ。メルヘンなのじゃ。アンデルセンも言っておる。「私の人生は、一編の美しい童話であった」―

ゴテル

うーん、人生相当ロクでもなかったんだろうねえ。

（トロイメライのような、美しい曲が流れ、塔があるとおぼしきあたりに光が輝く。やがてすべて暗転）

第四場・野原

ラプ（声）

お姫様じゃなーいもん。

あたしは平民。何の芸もない娘。権力者の血も引いてない。かっちょいいサイキック能力もない。実は謎の民族の末裔で、遺跡を開く鍵のアイテムを握ってるとか、そーゆー特典は一切ない。

…やっぱ、助けたってつまんないのかもね。

（暗転の中から、ギコギコ、ゴンゴンと何か工作するような音。―やがて明るくなる。青空と太陽を思わせるような背景と明かりの中、沖田が木の枝や、皮などを切ったり打ち付けたりしている。そこに近づいて来るのはキャタピンである。しばらく、黙って沖田の作業を眺めているキャタピン。―やがて沖田、手を休めてはあとため息をつき、空を見上げる）

沖田

…空って　広いなあ…

キャタピン

お察し申し上げます。

（沖田はボーッとあさっての方を向き、キャタピンの姿を見ていない。そのままなんとなく会話は続く）

沖田

賓客の身分までいただいて　…今さら断わるわけにもいかぬ。捕らわれの娘も哀れだ。さりとて…

私はただの浪人。なぜこのような事になったのであろう。

キャタピン

そんな事もありまさぁね。私もただの芋虫ですから。

（キャタピン、沖田の横に、アゴに手を付いて座り込む。沖田、ゆーっくりとその方を振り向き、初めて正体に気付いてパニックに陥る）

沖田

いっいっ芋虫！　喋る巨大芋虫ーっ！　だっ誰か誰かッ

キャタピン

失敬な。私の名はキャタピン、ただの芋虫ではない。ラプンツェル第一の側近です。

沖田様の噂も聞いております。

沖田

側近…　ラプンツェル殿の？　第一の？　じゃ第二と第三は何なのだ？

キャタピン

ノミとケジラミ

沖田

（目をむく）　はーー？

キャタピン

うそうそ。私が勝手に付いてるだけでさぁ。

（沖田の作りかけている翼を取り上げ、しげしげと観察を始めながら）

しかしほんと、あの髪の毛だけは困りものでね。ご存知ですか？　ラプンツェルの塔に上る唯一の方法。実は、ラプのあの髪を伝って昇るんです。魔女のゴテルがやってるようにね。

沖田

なに…

キャタピン

「ラプンツェル、ラプンツェル、お前の髪の毛を下げとくれ。」

これが、キーワードです。この言葉が下から聞こえると、塔の窓から、ロングな三つ編みがだーっと降りて来るって寸法で…

沖田

（驚いて食ってかかる）　待て！　それでは…　塔は難攻不落ではないではないか！　キャサリンとやら。

キャタピン

キャタピン。わたしゃオスでして。

沖田

いいから聞け！　私は、ラプンツェル殿は地上から隔絶してると思っていた。だが、考えてみれば誰も上れぬなら彼女も生きられまい。現に貴殿も、ここにふらふら出て来ている。昇って助ければよいではないか。空を飛ぶ必要など、始めから―

キャタピン

（制止する）　下は結界の森ですよ！　そこを通れるのは魔女か、王族か、さもなきゃ私のような人間以外だけです。ちなみに私は三つ編みは使いません。芋虫なものでね。壁でもどこでも昇れるんでさ。

（しばらく沈黙が流れる。風の音が渡る。空を見上げる二人）

沖田

…ガチャピンとやら。

キャタピン

違うっつーの。

沖田

魔女ゴテルは、なぜ娘を塔になど閉じ込めたのだろうな？

キャタピン

子供がなかったから。近隣の夫妻の赤ン坊を巻き上げ、塔の中で大事に育て…

…というのは、一般に流されている風説でね。本当の所は誰も知らない。ラプ本人さえもね。

ただ、どうもマトモでない目的を感じるんです。私は。…考えてみて下さいあんた。１２メートルの髪を持った人間が、日がな一日やってる仕事って何だと思います？

沖田

首の筋肉の鍛錬…

キャタピン

ヘアケアですよ。髪の先を洗い、そこが終わったら乾かしながら別の部分を洗い、済んだら次の部分を…　グルッと一回り終わる頃には、また洗い直しです。それで彼女の人生の大半は終わりなんです。

沖田

…なんと…

キャタピン

娘のように可愛がってる少女なら、髪を切らせず、こんな単純労働押しつけたりしないでしょう。

沖田

か、髪の長いのが美人の証拠とか。わはは。

キャタピン

マンモスで欲情できますかあなた。

沖田

ほーー？

キャタピン

…話を進めます。とにかく、そういう訳でラプは、ロクに動き回る事も、走る事もできない。かと言って芋虫の私では、行動半径も何も限られている。

調べていただきたいのです。あの塔を。あなたが首尾よく、空を飛んでラプの元に来れたらね。

沖田

しかしこれでは！

（沖田、作りかけの翼を持ち上げ、バタバタさせて）

何度もやっているが浮き上がらんのだ！　あの時は…　かつて飛んだ時には崖があった。風があった。何より天が味方した。ここには何もない！　入って行けぬ森と、

（ひょおおお、と風の渡る音）

草原と…　吹きすさぶ風があるばかりだ。私には…

キャタピン

あなたには根性と体力がある。

沖田

おまえな。

キャタピン

ともあれ、色々試したらどうです？　空を飛ぶのは鳥だけとは限らない。何か、こううまいやり方で、塔まで飛べる可能性がゼロとは言えないじゃないですか。

（沖田、しばらくうつむいて考えているが、やがて決意を固め、翼を抱えて変な格好で飛ぶまねを始める）

沖田

トンボのたがいちがい飛行ー！

キャタピン

あーそれ、かなり速度ないと効果ないから。

沖田

（ふと止まり、ガラッと雰囲気を変え）　…木の葉。私は木の葉。舞い飛ーぶはー。

キャタピン

モノによっちゃ飛ばないで落下しますね。

沖田

（頭をガリガリと掻き、しばらく停止する。そして突然、工作道具の中にあった竹の棒を抱え、押しつけてグイとひん曲げ、反動で飛ぼうとする）

弓矢作戦ー！

キャタピン

死ぬ確率が一番高いと思うなぁ…

（沖田、必死の努力を続ける。「だーっ」とか「とえーっ」とかいう声を残し、そのままフェードアウト。やがて暗転。

闇の中に、しばらく癒し系の曲が流れる。ハープなどが良い）

第五場・王宮と塔

声

こうして、夫婦の間にできた子供は、魔女にあずけられたのでした。

それは女の子で、「ラプンツェル」と名付けられ、１２の年に森の中の塔にかくまわれました。ところが、その塔ときたら、てっぺんに窓があるきり。塔の扉さえないのです。ラプンツェルは、魔女ゴテルが下から呼びかけると、その黄金のようにキラキラ輝く、長い長い髪をたらし、魔女はその髪をつたって塔を昇るのでした…

（物語が語られる間に、徐々に明るくなる。闇に二つの場所が同時に浮かび上がる。左手が王宮の中らしき部屋。ソファに引っくり返って、ソキータが本を読んでいる。右手は塔の中のラプとキャタピン。ラプは窓の下を覗き込んでおり、側の小さなテーブルには食事の盆が乗っている。お互いの間は切れており、無関係な時空である。）

ゴテル（声）

じゃあねラプ。ワカメちゃんと食べるんだよ。髪の毛にいいんだ、髪の毛に。

ラプ

これ以上伸びたら困るのー！

（窓辺を離れるラプ。テーブルに近づき、タメ息を付きながら椅子に座る。ソキータの方は本をめくっている）

ソキータ

ほお、唐から天竺へ旅をする猿とは。　…でもやっぱ徒歩だなー。

キャタピン

…しかしホント、なんで王子様は助けに来ないんでしょうね。

ラプ

あ、そう思ってくれるう？

キャタピン

まーね。よく考えりゃ、王族には魔力が効かない筈なんですよ。塔に昇れる可能性があるのはゴテルと、私と、あとソキータ王子だけ。テメーが来ないで、外国人に無理難題を依頼するとは…

ラプ

（うろんとして）　高所恐怖症なんじゃないの。

キャタピン

母方が平民だからなあ。それがネックなのかも。

ソキータ

（本に入れ込んでいる）　あッ！　こら豚に河童！　なぜそこで返事をするッ。

ラプ

（アゴに手を付く）　…そーよねぇ。

考えてみりゃ、向こうだって会った事もなきゃ、話した事もない女のために、命かけるいわれはないんだもの。…およそタイプでないかも知れない。それでも助けに来ちゃう童話の中の王子様って、あれいったい何なのかしら。むしろそっちの方が、一種の妄想狂…

ソキータ

（ぐっと手を握る）　燃えるなぁ。特にこの、キンソウ棒というのがいい。わが国でも海外通販してくれぬものか。

キャタピン

ダメですよ。自虐的になっちゃ。人目惚れってケースもあんですから。

ラプ

ありがと。あんたがもし芋虫でなく、王子様だったら…

（ギクッとするキャタピン。聞こえていない筈なのに、なぜか首を伸ばしてそっちをしげしげと見るソキータ。キャタピンをじっと見つめるラプ。―間。やがて、カクッと頭を下げるラプ）

ラプ

…ごめん。イマジネーションの限界だった。

（ごろんと引っくり返るキャタピン。また、何事もなかったように本を読み続けるソキータ。ラプは立ち上がり、歌いながら窓辺へと向かう）

ラプ

♪空を飛ぼうなんて　悲しい話を…

キャタピン

やめましょうや。しめっぽいすよ。それ。

ラプ

（キャタピンを振り返り、しばらく考えてから元気よく）

♪とんでとんでとんでとんでっ

キャタピン

それ、元気良過ぎ。

ラプ

あんたはいちーち突っ込み過ぎよ！

♪今　私の願い事が…

（真面目に「翼を下さい」を歌い始めるラプ。以下、歌声をバックに、王宮の方の話が始まる。ソキータの部屋のドアをノックする音）

ソキータ

誰だ？

博士

私です。王子殿。ラプンツェル計画についてのご相談に参りました。

（急にシリアスになり、急いで本を置いて立ち上がるソキータ。ドアに向かい、開ける。そこに立ってるのはカジノのマスターことドルベッツィ博士である）

ソキータ

…人には見られてないだろうな。

博士

（部屋に入りながら）　隠し通路を使いましたゆえ。　―それよりソキータ王子。最近、異様な風体の外国人を雇われたとか…　真実ですか？　ラプンツェルの救出を算段されているというのは。

ソキータ

（作り笑い）　…世間体というものがある。王室はいつまで経っても、あの塔に手を打たぬ、何をしているのかと…　これでも結構突き上げが来るのだ。

博士

計画を中止しますか？

（ピタリと止まるソキータ。同時に、ラプも歌うのをやめる。…しばらく、全員が停止した間。キャタピンのみが、あれ？という顔でモソモソとラプに近づき、突っついたり、顔を覗き込んだりする。やがて、妙に明るい調子で再び喋り出すソキータ。ラプは窓の外を見続けている）

ソキータ

馬鹿を言うな。あの計画が成功せぬ限り、王族に未来はない。ひいては私の地位も危うい。第一、当人のラプンツェルとて、今さら一般社会に降ろされても行き場がないだろう。所詮は半キャベツ…

博士

わーわーわーー！

（博士、騒ぎながら必死でソキータの口を押さえる。口封じというよりは窒息死させようとしている様である。もがき苦しむソキータ。やがて博士、パッと手を離す。ぜえぜえと肩で息を付くソキータと博士）

博士

自重願います！　漏れたら国家崩壊ですぞ！

ソキータ

（無言で「分かった分かった」という手振り）

キャタピン

もう歌わないんですかラプ？

ラプ

…なんかさ。いまいちインパクトに欠けるのよね。

あたしってば可哀想なんだから、哀愁のある歌の方がキャラには合うと思うの。…でもぉ。

キャタピン

立派な自惚れ。

ラプ

（うろつきながら）　たとえば、あたしの美しい歌声に惹かれて、王子様が来るなんてことも有り得るわけじゃない。そーゆー時音程の緩やかな、センテンスの長い、イージーリスニング系の歌だと聞き取りにくいと思うわけよね。カラオケあるわけじゃないし。アカペラやろうにも一人だしさ。

キャタピン

なに教育されたんだかね。このヒト。

ラプ

（突然、激しく躍り出しながら歌うラプ）

♪キャーベツ娘　Wow Wow Wow Wow

はーくさいもうらやむ Yey Yey …

キャタピン

うらやまねーつーのーッ

（がっくりし、椅子に座り込むラプ。それとは無関係にシリアスを続けている王宮）

ソキータ

（うろつきながら）　この国の…　建国の理念、つーか、ウリはなんだか答えたまえ。ドルベッツィ博士。

博士

抗魔王族…　魔力や魔物に冒されない、神聖な力に守られた王族が、国家を守り、支えている。だから逆に魔女のたぐいも、世間からそれほど非難を浴びずに暮らしてゆける。

ソキータ

そうだ。何が原因でそうなったのかは分からない。…しかし、それは事実だったし、そうさせるものは血だと思っていた。

博士

血ですな。

ソキータ

それも私の代で終わりだ。

博士

終わりですかな。

ソキータ

（緊迫）　父が！　平民であった母を迎えた時から！　王族の特殊能力は、民間と混ぜると半減する事が判明したのだ。いくら王族貴族がババァとブスばっかで手ー付けたくなかったからってッ！

（ごごごー、と吹き渡る風の音。同時に、なんとなく窓の外や、天井を見上げる一同）

ソキータ

（我に返り）　ともかく、ラプンツェル計画は続行せねばならない。この国に、もはや姫はいない。きれーで可愛くて優しくて、王族の特殊な資質まで備えた、都合のいい姫など、そもそもこの世には存在しないのだ。半キャベツだろうが捏造だろうが、ラプンツェルはちゃんと育て、無事わが王族の母体となってもらわねばならぬ。

博士

（勢いにおどおどし）　こ、この際ウテルスのキャベツの方と結婚されては…

ソキータ

私はトンカツではなーい！

（ソキータ、とうとう博士の尻を蹴って、部屋から追い出してしまう。しばらく肩で息を付き、ぜいぜい言うソキータ。ラプの方は、指を組んだ乙女のポーズで立ち上がり、天に向かって話し始める）

ラプ

どうして来てくれないの、王子様…

ソキータ

…てめーで降りて来てくれぬものかな。宿命とはいえ、私だってもひとつ勇気はない。会ってビックリだったらどーする。

ラプ

王子様さえ来てくれたら、私、この長い髪を降ろしてあげるのに。

ソキータ

すげー太首かも。髪で人間を持ち上げるからには。

ラプ

…王子様のばか。

ソキータ

第一登山の経験がないし。

ラプ

そうだ。歌おう。私の心を歌にするのよ。きっといつか、この思いは届くはず。

ソキータ

ほんと、沖田の奴さえ何とかしてくれたら…　奴なら、どうせ外国人なんだし。あとは国家権力で何とでも…

ラプ

（コブシを回して歌う）

♪私が男になれ〜たならぁ。…ネオン暮らしのちょおーちょにはあああ。

キャタピン

青江美奈の「新宿の女」はよしなさいとゆーのにー！

（それでも、迫力的に歌いまくるラプ。頭を抱えるキャタピン。ややうつむいた姿勢で、固まっているソキータ。徐々に暗くなる）

第六場・疎林

（闇の中、沖田の声が響く）

沖田

そう…　人生など、所詮は賭け事かも知れぬ。あの時、御前試合で私が勝ち、母国の城に召し抱えられていたら。あの時船が沈まなかったら。もしくは、ここにたどり着く前に海に落ちていたら。

（自嘲的な笑い声）　…詮無い事よ。全ては過ぎてしまったゆえの愚痴。見知らぬ地で、見知らぬ娘の為に命を賭ける。それが賭けの勝ちになるのか負けなのか、いったい誰に分かるというのだ。

（別の声で、物語の続き）

声

それから、何年もして…　ある時、この国の王子様が、馬で塔の前を通りかかりました。すると、塔の上から何とも愛くるしい歌声が聞こえてくるではありませんか。でも、周りを探してみても、塔には入口一つありません。王子様は、あきらめてその日は帰ったのでした。

沖田

分かった時には手遅れかもなのな。賭け事…　玉突き…

（間）

玉突きだと？

（突然明るくなる。舞台には、なんとゴムマリのような丸い気ぐるみを着た沖田と、たまげてそれを眺めているキャタピン、そしてソキータがいる。周囲には、枯れた太い木らしきものが数本見える。固まって入る三人をよそに、再び物語の続きが語られる）

声

何日かして、王子様が再び塔の前を通りかかると、今しも魔女のゴテルが、塔の中のラプンツェルに呼びかけている所でした。

「ラプンツェル、ラプンツェル、お前の髪の毛を下げとくれ。」

塔から金色の長い髪が降りてきます。王子様は驚きました。

「なんと、あのような手で塔に登れるとは！」

ソキータ

で、なんなのだ、それは。

キャタピン

うーん、妙に親近感があるなあ。

沖田

これは、玉だ。

二人

いや、玉でしょうけど。

沖田

分からぬのか。玉突きの玉だ。幸いにも、ソキータ殿は玉突きがお得意だとの事。

（むん、ときばる）　これから、二人で協力し、私を付いていただきたい。

二人

あんだって？

沖田

（ゴムまりスタイルのままうろつく）　ずいぶん考えた。挑戦した。羽ばたき。飛び跳ね。滑空…　しかしいずれも、空を飛ぶほどの浮力には至らぬ事が判明した。いわゆる上空の気流に乗るにしても、この平地からそこまで上がる事がまず出来ない。滑走の可能な広い土地は、一里も先。この長すぎる間合いが、あまたの挑戦者をして墜落に至らしめたのだ。しかるに。　（クルッと二人を振り向く）

キャタピン

…まさか！

ソキータ

そう、その通りだ。塔の結界から一番近距離で、なおかつやや広い場所はこの疎林しか有り得ない！

沖田

ただ突くだけでは困るぞ。ソキータ殿、貴殿はいつもの腕前を発揮して、私をそこの木に打ちつける。

ソキータ

つまりビリヤードか！

沖田

そう。私の体がはずみ、塔への気流に乗るあたりに命中、じゃすと・みーとすれば成功だ。そこまで上がればあとは―

（沖田、手に持っていた刀の鞘をぶんっと振り払う）

沖田

…この、どーにか錆を落とした武士の魂で、私は自らのまりを切り裂く。中には簡単な翼が仕込んである。方向さえ誤らねば、そのまま風に乗り、私は塔の窓へと到着するという寸法だ。

キャタピン

そんな…　危険すぎます沖田さん！不確定要素が多すぎる。ソキータ王子の命中率…　気流の方向…　第一、まりが守備良く切り離れるとは限らない。翼が開かなかったら墜落する！

ソキータ

まあ私の腕前は確かとして。確かにあまりにも、これでは―

沖田

（突然大声で）　人生は、どの道生きるか死ぬかの二通りなのだ。

私は、死ぬかも知れぬと思った時が三度ある。強敵との御前試合。船の難破。島からの脱出。この飛行が四度目だ。どーせ命を賭けさせるなら、三度の賭けに勝った私の、この強運を信じてみてはどうなのだ？

（しばしの沈黙。変な格好のまま、決然としている沖田）

ソキータ

運…

キャタピン

そう、運だ。私たちに無く、この外国人にあるものは何なのか、ずっと私は考えていた。運だったんです、ソキータ王子。なんだかんだあーだこーだ、悩んだって苦労したって、最後の最後に運があるかどうか。結局全てがそれで決する。

（低い音で鳴り始める「スカイ・ハイ」。キャタピン、一人ゴソゴソと舞台裾へ引っ込むと。丸太のように巨大な玉突きのステッィクをズルズル引きずって出て来る）

ソキータ

沖田…

沖田

やれ。

キャタピン

（涙ぐむ）　私は、あなたと出会えた事を誇りに思います。墓碑銘はなんと？　やっぱ仏教式に塔婆とか…　あ、じゃ戒名か。

沖田

誰が死ぬと言ったー！　いーから正確に私を空まで運べー！

（ソキータとキャタピン、顔を見合わせ、協力して巨大スティックを抱える）

ソキータ

（狙いながら）　まさか暴行障害にはならぬだろうな。

キャタピン

念書とっときます？

ソキータ

裁判でこじれそうだからよそう。

ソ、キ

せーのーで！

（ソキータとキャタピン、スティックを抱えたまま走り、勢いよく沖田に突撃する。ぶつかった瞬間、沖田はボーンと飛んで疎林の木の一本へ向かう。同時に、停電のように唐突に暗転し、声だけが響く）

沖田

わーーーッ！

ソキータ

沖田ー！

キャタピン

沖田さーん！

第七場・塔の邂逅

（しばらく静まり返る。やがて、どこからともなくゴソゴソ、ゴソゴソと何かの這いずるような物音が響く）

博士（声）

ウテルスが…！

（物音、しばらく続く。不気味さを増すように、音は徐々に大きくなる。が、やがて、ふっつりと消え、闇の中にラプとゴテルの声が聞こえる）

ゴテル

おやおや、この先っぽの７メートル５０センチあたりのブラッシングがなってないじゃないか。解かしてあげるからおいで、ラプンツェル。

（しばらく髪を解かす音）

ラプ

ゴテル…

ゴテル

なんだい。

ラプ

前から聞こうと思ってたんだけど…　どうして、私の食事にはキャベツが出て来ないの？

（ゆっくりと明るくなる。塔の中である。窓辺の椅子に座っているラプンツェルと、髪を解かしていたゴテルが、硬直したまま、お互いに目を向いて、たまげたような顔で見詰め合っている。沈黙の中、物語の声が聞こえる）

声

「ラプンツェル、ラプンツェル、お前の髪の毛を下げとくれ。」

…こうして王子様は塔に登ったのでした。そこにいたのは、始めて見る男の人の姿に、びっくりした様子のラプンツェル。その長い金の髪と、愛らしさに、王子様はすっかりラプンツェルが好きになってしまいました。

しかし、魔女のゴテルは、この事に気付いてしまったのです。

ゴテル

なんでって　そりゃ…

ラプ

そう言えばあたし、キャベツって図鑑と、お料理レシピと、この窓から見えるキャベツ畑の風景でしか見た事ないのよね。どうしてなの？　噂によると原価割れするほど、値段は安い筈なのに。

ゴテル

共食いは良くないだろ。

（間。肩を怒らせて立ち上がるラプ）

ラプ

いーかげんにしてちょうだい！　１７にもなって、アンネちゃんまで来てる一人前の立派な女性に、いまだに「お前はキャベツから生まれたんだよー」なんて言うつもり？　んなわきゃないでしょう。さ、教えて。どうしてあたしはキャベツ食べた事がないのか！

ゴテル

お、落ちつきなさいラプンツェル。いいかい、お前にはまだ分からないだろうけどね、お前とキャベツの間には、深ーい深ーい因縁が…

ラプ

たかが惣菜食材に因縁てなによ因縁て。

（ラプ、ゴテルにジリジリと迫り始める。後ずさりするゴテル）

ゴテル

およし、ラプ。あたしはお前の親代わりだよ。

ラプ

親ではないわけよね。

ゴテル

だから言ってるだろ。お前の親はキャベツ…

ラプ

ほー。キャベツがハラむの。乳出すの。大体それ以前に、キャベツとキャベツがラブして、Ｈして交配しちゃったりするわけ。（ちょっと上を向いて考える）　…すっごく見たくない。それ。

ゴテル

そーゆーはしたない知識を教えた覚えはないよ！

ラプ

「競走馬の育て方・種付けから育成まで」を読めば分かる事じゃない！

（その時、翼を付けた沖田が、どんがらがっしゃんと窓から飛び込んで来る）

ラプ

きゃあああ！

ゴテル

なな、何者！

（しばらく痛さにうめいている沖田。やがて体を押さえながら立ち上がる）

沖田

こ、ここは…

ラプ

あなた…　まさか。

ゴテル

お前。ラプンツェルを助けに来たんじゃないだろうね！　冗談じゃないよ。契約はラプが成人するまで…　読めた。あのクソ王子。二十歳以前に誰かに持って行かせて、違約金で半分褒賞を払わないで済まそーって、そういうハラなんだね！

沖田

（ラプの髪を持ち）　なんだこの異常に長い馬のシッポは。

ラプ

（呆然）　…契約？　違約金？

沖田

（やっとラプに気付く）　おお、貴殿が噂に聞く、塔の幽閉娘。してみると無事たどり着いたのだな。なんかしばらく、風にあおられて気を失っていたというのに。…幸運。なんという幸運！

（感動）　…そう。私は飛んだ。そしてたどり着いたのだ。私には、決して死なぬ天の加護がついている。

（その時、窓からゴソゴソとキャタピンが這い上がって来る）

キャタピン

沖田さん！　沖田さんてば。

ラプ

（ゴテルにじりじり詰め寄る）　さっきの発言説明してくれない？　契約ってなに？　ゴテルは、趣味で私を塔に幽閉してたんじゃないの？

ゴテル

ま、ま、冷静に、ね。人間には色々と深い事情ってもんが。

沖田

（キャタピンに気付く）　芋虫殿ではないか。

キャタピン

成功おめでとう。じゃなかった。着いたんなら、ボーっとしてる場合じゃないでしょう。早くラプを下に降ろして…

沖田

（きょとん）　どーやって？

キャタピン

あんたー！　塔に着いたあとの救出方法考えてなかったんすか！

沖田

やー、行ったら現地でなんとかなるかと。

キャタピン

どっかの国の軍の南方攻略みたいなこと言っててどうすんです！　ちょっと歴史が前後するけど！

（その時、バタバタと足音。すったもんだ状態になりかかっていた全員が振り向く）

ソキータ

まさかこの塔にまで隠し通路があったとはな。

博士

急いでください、王子！　やつらは第１号の子孫であるラプを取り返すつもりです。

キャタピン

王子！

ラプ

うそ！　王子様？

沖田

なんだ。どういう事だ。この塔には上り口があったというのか！　（怒りの顔に）何を考えているのだ、あの王子は。それならばなぜ、私にこんな思いをさせてまで！

（バターンと扉が開き、部屋にソキータと博士が飛び込んで来る。その場にいた全員、あっけにとられ、もしくは驚愕し、顔を見合わせる）

ラプ

（うるうる）　王子様…

ソキータ

沖田…　どこに飛んでったかと思ったら。

沖田

玉突き屋の主人？　なぜここに…

キャタピン

何が起きたんです。王子。

ゴテル

ちょっと！　キャラの紹介と状況説明がなってないよ。まず始めにそこの見慣れない男！（沖田を見る）　あんたが先にちゃんと自己紹介しな。次に王子が設定の解説。

ラプ

そうよ。変じゃない。あたしを助けに来たのは、この変なザンバラの人で、王子様は裏口から。　あたし、どっちに助けられればいいわけ？

沖田

わたしの名は…　沖田総次だ。

ソキータ

ちなみに私は、ソキータ王子だ。

キャタピン

「おきーたそうじ」に、「そきーたおうじ」。

（笑いながらラプの肩を叩く）　なんだー、似たようなもんじゃないか。どっちに助けられたっておんなじですよ。ね。ラプ。

ラプ

そーゆー問題じゃなーい！

（その時、冒頭で鳴った「ガサガサ」という無気味な物音が響く）

ゴテル

あれは…　まさか、ウテルスキャベツ？

博士

そうだ。もともと半動物体の合成生物。知能だけは発生しないように気を付けていたのだが…　とうとう、自分の「意志」らしきものを持ち始めた。奴らは今、この塔を目指して集合しつつある。

キャタピン

知能のあるキャベツですって？

ソキータ

致し方ない。

（ソキータ、いきなりラプを抱きかかえる）

ラプ

（ぽっ）　きゃっ。

沖田

ちょっと待て！　救出は私の…

ソキータ

こうなったら、王子の私が、この貴重な実験体と共に脱出するしかない。諸君らは頑張って、隠し通路出口の露払いを行ってくれ。

ゴテル

盾になれって言うのかい！

博士

通路出口は、もはやキャベツたちが束になって塞いでいる。どの道誰かが盾になって、食われてやらなければ、我々はいずれ全員オダブツだ。

キャタピン

キャベツが人を食う？

（沖田、話の途中から窓の外を眺めているが、いきなり驚愕の声を上げる）

沖田

見ろ！

（ガサゴソ音が大きくなる。全員が窓の外を眺め、硬直する）

ラプ

キャベツ…

沖田

何という数だ…

ソキータ

まるでグリーンの脳みそが、大海となって押し寄せて来るようだ…

キャタピン

あああ、青虫の私でもさすがに気持ち悪い。

博士

キャベツの反乱…

ゴテル

（ラプの肩をポンと叩き）　ごらん、あれがお前のお母さんだよ。

ラプ

（呆然）　一面のキャベツ…

（その時、キャタピンが音もなくその場に倒れ、固まったように丸まってしまう。が、全員がもはやショック状態で、誰も助け起こしに行かない。ラプはボーっと窓の外を眺めたまま、手を組んでいる。沖田はソキータの襟首をひっつかむ）

沖田

いいかげんに、この災いの原因を説明したらどうだ、ソキータ殿。貴殿は何もかも知っている。そうだろう！

ソキータ

あのキャベツは…　このドルベッツイ博士が合成に成功した、独立生体型人工子宮だ。

沖田

人工子宮…

博士

そう。この国は滅びかけている。それもこれも、抗魔の力を持つ王族の血筋が、薄まり、力を弱めてしまって事が原因。ソキータの次の代で、おそらく抗魔力は消滅するだろう。

ラプ

（窓の外を見たまま）　一面のキャベツ…

ソキータ

王族に、まっとーな女はもういない。相手が民間人では、遺伝がマイナスに働き、力を持つ子供の誕生は望みがない。私の相手は、もはや人間ではダメなのだ。

人間でありながら、より人間的な遺伝形質を持たぬ者。不必要な情報や、世間的なしがらみを一切持たぬ者。抗魔力を、増やせぬまでもせめて減じない、いわば白紙状態の、中身カラッポの、「プレーンな姫」が、どうしても必要だった。

ラプ

（半ボケ状態）　一面のキャベツ…

沖田

それが…　ラプ殿だと。

ソキータ

ヘタに知恵づいて、自力で脱出されても困るから、お前に助けてもらっても良かったのだ。が、全ては遅かったようだ。

ウテルスキャベツは地中から莫大な養分を摂取し、内部に植え付けられたヒトの卵子を、発生させ、育成する。いわば、すでに人類の亜種と言っていい。その生命力はついに彼らを自立させ…　反乱にまで駆り立てた。ラプがキャベツ側については困るのだ。それは―（グッと力が入る）　人類の、キャベツに対する敗北を意味する！

ラプ

一面のキャベツ…

ゴテル

な、だから言ったろ。お前はキャベツから生まれたんだって。あたっしってば正直な魔女なんだから。

ラプ

（ついに、完全なパニック状態に陥る）

一面のキャベツ！　一面のキャベツ！　一面のキャベツ！　（窓の外に）　おかーさーん！　なんでそんなにいっぱいいるのお母さんてば。あは。あははは。あはははは。

（いきなり激怒して開き直る）　そーよ！　どーせあたしはただの娘だったのよ。お姫様じゃない。ただ単に髪が長いだけで、取り柄も悲劇性もありゃしない。…キャベツから生まれたの。塔の上で、ブロイラーみたいに隔離され、お姫様の代用品になるために育てられてきたのよ。

捏造されたお姫様なのよ、あたしは！

（その時、今まで無言で転がっていたキャタピンが、バリバリと着ぐるみを脱ぎ始める。呆然とその方を見る一同）

ソキータ

キャタピンが…

（キャタピン、着ぐるみから脱出する。なんとその頭には長い触角、背中には蝶の翅。脱皮したのである。翅は布製で、針金の支えなどを上辺に通し、紐で引っ張ると開くようにしておくと良いかもしれない。キャタピン、うろんとした顔で一同を見回す）

キャタピン

どうも。いきなりで恐縮ですが、このたび無事成虫に羽化いたしました。

これからは私の事を、「バタフリン」と呼んで下さい。

ラプ

（驚愕）　ちょ…　ちょーちょだったの　あんた…

（キャタピン、一同の沈黙の中、妙に威厳のある様子でラプに近づいて行く）

キャタピン

捏造された姫。偽物の純粋。―それがなんだって言うんです？

（沖田を指差す）　この男は、いわば鳥の偽者。翼は作り物だ。それでも、彼はここまで飛んで来た。現実に重力と空間を飛び越え、塔の上まで来たじゃありませんか。

（ソキータを見る）　王子だって、半分は平民。さしたる威厳も抗魔力もない。実は馬にも乗れない。

ソキータ

なんで知ってる。

キャタピン

それでも、ビリヤードの腕はたいしたもんです。王子をやめても、ハスラーで食って行けるでしょう。

（博士を見る）　そこの爺さんは、神をも恐れぬ研究のために、学会から追放された男。

博士

ぎく。

キャタピン

王子に目を止められるまでは、しがないカジノの雇われマスターでしかなかった。実は博士号は取ってない。偽者の博士だ。

博士

うるさいわい、もと青虫！

キャタピン

それでも恐るべき研究を成し遂げた。「隔離された子宮」…　そんなもん作れる人間が、他にどこにいます。

そして、魔女のゴテルは、ラプの母親の偽物。私に至っては、バイオキャベツなんぞに手を付けたせいで、もはや昆虫の世界にも戻れなくなった、ミュータント青虫だ。いいですかみなさん。ここにいるのは全員が、何かの偽者なのです。

（衝撃を受けた間）

ソキータ

だからこそ、せめてヒロインくらいは、本物の姫に…

キャタピン

ならなくていい。我々はなろうとして、なれなくて、ついに本家本元を超越してしまった、別種の何かなのだ。ならば自分なりの戦いをして、この苦境を乗り切れば済むこと。

（キャタピン、突然ラプを抱え上げると、窓の縁に乗る）

ラプ

きゃああ！

沖田

蝶々殿！　何をするつもりだ！

キャタピン

知れたこと。飛ぶんですよ。

一同

え…

（キャタピン、ラプを抱えてそのまま窓から飛び降りる。わっと目を覆う一同。だが、しばらくすると、ばっさ、ばっさという羽音が聞こえる。てんでに窓に駆け寄り、空を見上げる一同）

博士

飛んでおる…

ソキータ

なんと…

沖田

見事だ。

ソキータ

待てよ。てことは、結局姫を助けたのは元青虫…

ゴテル

まー、ちょうちょは飛ぶだろうけどさ。

（また、ガサゴソとキャベツの音が響き始める。ハタと気付いて、深刻な顔になる一同）

ソキータ

で、我々はどうすれば良いのだ。

沖田

（翼を再び取り上げる）　ま、私はもう一度滑空してみるしかないが。

ゴテル

ちょっと！　あたしらは助けてくれないのかい。

博士

ジジィとババァと３０男では、助けがいもなかろう。

ソキータ

実は、こんな事もあろうかと（腰に下げていたスティックを抜く）、これだけは肌身離さず持っていた。うまくすればキャベツ共を一撃でけ散らせる。

ゴテル

しょうがないね…　（ため息を付き、袋の中から人型の根をした植物を取り出す）

あたしだって魔女のはしくれだ。こうなったら、秘伝のマンドラゴラを試してみるか。

博士

（懐からスプレー缶を取り出す）　少し惜しいが、枯らしてしまうしかあるまい。ウテルスキャベツ共が最も嫌う、強化改良型エチレンガスだ。

（全員身構える。沖田は翼を持ち、窓の縁へ。ソキータはスティックを戦闘的に構える。ゴテルはマンドラゴラを持ち、博士はスプレー缶を掲げながら、入口のドアに手を掛ける）

博士

…用意はいいか。

沖田

５度目の正直は…　無いかも知れんな。

ゴテル

せめて、ラプの孫の顔が見たかったねえ。人類かどうか。

ソキータ

まあいい。どーせ滅びる定めの王国だ。だがせめて、同じ滅ぶなら私の手で滅ぼしてやる。ヒロインに逃げられた上、キャベツに支配され、国が滅ぶのでは立場がない。たとえ私が、偽物のヒーローだとしてもな。

行くぞ！　生きていたらまた会おう。

（博士、バタンと扉を開ける。と同時に沖田は窓から飛ぶ。残る３人は入口から飛び出して行く）

一同

だああああ！

（叫び声と共に、一気に暗転。キャベツのガサゴソいう音だけがしばらく響く。―やがてそこに物語の声がかぶる）

声

「ねえ、ゴテルが塔に登ると、どうしてそんなに時間がかかるの。

王子様なんかあっという間に登って来るのよ。」

「なんだって！」

とうとうラプンツェルは、うっかりこの話をしてしまいました。怒った魔女は、ラプンツェルの長い髪をバッサリと切ると、一人っきりで森の中へ追いやってしまったのです。そうとも知らず、また同じようにして、王子様が塔に登ってみると、そこにいたのは可愛いラプンツェルではなく、恐ろしい姿の魔女でした。

「お前さんの可愛い小鳥は、悪い猫が連れていった。もうここにはいないよ。」

キャタピン改めバタフリン（声）

ぜーせーぜー。

ラプ（声）

ちょっと…　高度落ちてるキャタ―　バタフリン！　あ、髪の毛地面についてる！　きゃーっ髪食われるー！

バタフリン（声）

考えてみりゃ…ちょーちょが重い物運べるわけないんだよなあ…

ラプ（声）

が、頑張ってよ！　あたし重くない！　なんとかしてなんとかッ

バタフリン（声）

だって…　見渡す限りキャベツじゃないですか…　一体どこに降りれば…

さようなら。長いような、短いような付き合いでしたねラプ。私のこと忘れないで下さい。

…つってもまた、あの世で会ったりなんかして。

ラプ（声）

あきらめるなー！

声

王子様は驚き、はずみで、うっかり塔の窓から落ちてしまいました。そして、命は助かったものの、からたちのとげで目を痛め、何も見えなくなってしまいました。

こうして、目の見えない王子様とラプンツェルは、それぞれに、荒れ野をさまようことになってしまったのです…

（闇の中、フラフラしながら、スティックを持ったソキータが一人登場する。戦い疲れた様子）

ソキータ

塔の中の、幽閉か…　（どっかりと座り込む）

分からん娘だ。塔に幽閉されるのと、私の妻になって城の中で臣下や、国民の監視の目にさらされるのと、いったいどれほどの違いがあると思っていたのだ。

それは同じ物だ。いや…　プライバシーがない分、お姫様業の方が分が悪い。そもそも王子の助けなぞ待つ事自体が間違っていたんだぞ。ラプンツェル。お前の幸福は、あの塔の中にしか無かったんだ。

（天を仰ぐ）天の救いなど、ありはしない。天は裁くだけなのだ。いつだって―

（また、ザワザワというキャベツの音）

ソキータ

…来たか。これがこの世の見納めかな。

（覚悟を決めた様子のソキータ。スティックを置き、目を閉じて腕を組む。高まるキャベツの音。その時、闇の中にラプンツェルの声が響く）

ラプ（声）

―だったらあたしがキャベツ・クィーンじゃない！　言うこと聞きなさいよキャベツ！　こら！

静まれ、キャベツ共。全員整列ー！　（何故かピーッとホイッスルの音。そしてしんとする）

ソキータ

…え？

ラプ（声）

全キャベツ、畑に向かって二列横隊で行進始め。この侵略戦を撤退する！

（突然、ザッ、ザッという行進の足音が聞こえ出す。ソキータ、目を向いて立ち上がり、駆け出して舞台裾に消える）

ソキータ

え？　ええっーっ？

ラプ（声）

そこー！　根っこの歩調が合ってなーい！

第八場・八百屋「ニライカナイ」

（ＢＧＭが流れ始める。明るく、活気のある曲がいい。もしくは意表を突いて「もーれつア太郎」なども推奨。徐々に明るくなる。そこは元「カジノ・ニライカナイ」の店内。看板が「八百屋　ニライカナイ」に変わっている。玉突き道具やダートの的などは、雑に隅に片付けてあり、ビリヤード台の上には、なぜかキャベツが山積みに。「一玉100円」などの札もある。机の前にはゴテルが椅子を置き、面倒臭そうに腰掛けて店番をしている。―やがて、博士が店内に入って来る）

ゴテル

らっしゃい。…ってなんだ、博士じゃないか。

博士

どうかな。売れ行きは。

ゴテル

まあ、売れ行きはともかく、今の所大人しくはしてるよ。（キャベツをポンポンと叩く）　…で、どーすんだい。沖田はやっぱり国に帰るのかい？

博士

（近くにあった椅子を引っ張り寄せ、腰掛ける）　それがなあ。あちこちの海岸線を調べてみたらしいんだが、なんせこの国、海抜が低いからな。どこにも離陸できる場所がないらしい。

ゴテル

ちょっと。そりゃまずいだろ博士。沖田がこの国に留まるなら、ラプはあの男と…

博士

まー、一応空を飛んで助けに来た殊勲者だからの。しかし現実にラプを助けたのはバタフリンなんだし、ラプの方で待っていたのはソキータ王子だ。三つ巴状態じゃよ。

ゴテル

（タメ息）　…まさかマルチエンディングになるとはねえ。

博士

（タメ息）　誰とラプが引っ付けば、誰が責任をなすられれば、物事うまく納まるのか。わしには皆目見当がつかなくなった。正直言うと、ウテルスキャベツの二世と人間が交配した場合、どういう影響が現れるのかも一切不明なのだ。

ゴテル

それでも科学者かい、あんた。

（入口から、沖田、ソキータ、バタフリンの３人がドヤドヤと入って来る）

沖田

そんな、とんでもない。やっぱり姫を助けて嫁にもらうのは王子殿でござろう。ミドモごときはとてもとても。

ソキータ

だったらバタフリンだ。なんと言っても、ラプと一番懇意の仲だったのだし。お互い気心もよく知れている。

バタフリン

こんな格好はしていても、私はれっきとした昆虫なんですよ！　冗談じゃない。第一ラプにタマゴ生めるんですかタマゴ。

ゴテル

ちょっとあんたら！　ここはもう、酒場でもカジノでもないんだよ。ちったあ静かに入って来な。

沖田

おお、済まんな魔女殿。

ソキータ

そうケチるな。ボトルの数本くらい残っているだろう。

ゴテル

で、ラプとキャベツ陸軍は誰が引き取るって？

（一瞬しんとする）

ソキータ

…確かにな。国家的には、あれを味方につければ恐いものなしだ。防衛費だって削減できる。

沖田

しかし、どんどん人間離れしてきてるからなあ。

バタフリン

どうやら、あの長い髪には、植物の根と同じ機能があったらしいんですよ。髪が地面についている間は、地中からエネルギーを吸い取り、無制限に活動できるらしい。恐くて誰も近づけませんやね。

ソキータ

待てよ。だったら彼女の髪を切りに行けばよいのではないか。また誰かが空でも飛んで、キャベツの海を飛び越え―

バタフリン

誰がです？

（またしんとする。全員、ジトーッと嫌な目付き）

沖田

…御免こうむりたい。

博士

そりゃそーだな。

ソキータ

なぜだろう。振り出しに戻ったような気がするが…

バタフリン

塔の上にいた時の方が、まだ可愛げがあった。なんたって今度は空を飛ぶだけじゃ足りない。ラプを守ろうと周囲に群がっている、モンスターキャベツ共を撃破しなければ助けられないんだから。

思うに、ヒロインてぇ奴は、周囲に厄介事を撒き散らすのが使命なのかも知れませんね。

（全員、大きくため息を付き、思い思いの格好でくつろいでしまう。最後の物語が語られる）

声

…さまよっていた王子様は、とうとう、荒れ野の中で一人暮すラプンツェルとめぐり会いました。

ラプンツェルは、会えたうれしさに、思わず王子様に近づいて、涙を流しました。そして、その涙がふたしずく、王子様の目にかかると―　どうでしょう。今まで見えなかった王子様の目はなおり、はっきりと見えるようになったのです。

こうして、王子様とラプンツェルは国に戻り、それからは幸せに暮らしました…

ゴテル

（ぶーたれ顔）　そーかい。そいつぁ良かったね。

沖田

（ソキータに）　巡り合って来たらどうだ。お主の目はちゃんと見えるのだろう。

ソキータ

見えぬ方が幸せな事も、たまにはある。

博士

今度は変身ヒーローでも募集したらどうかの。

（また、はあとため息を付く一同。キャベツの行進の音をバックに、ラプの声だけが響き渡る）

ラプ（声）

あたしの名はラプンツェル。今やキャベツたちを支配するキャベツ・クィーン。

でも、あたしは人間。人間なのよ。しかも青春真っ盛りの女の子！

誰か、あたしを迎えに来て。お願いだからここから出して。キャベツの海から解放してー！　

（ライトが明るくなる。唐突に再び、テーマ曲「ラプンツェルの歌」が流れる。エンディング。一同、歌いながら立ち上がる。やがてキャベツを手に持ったラプも登場して参加。歌い踊る一同の前に幕が降りていく）